相模湾と東京湾に面した事業所では、地震の揺れに加えて津波への備えが必要です。そのときの基本の資料が、神奈川県が設定した「津波浸水想定」です。津波があった場合に浸水が想定される区域と、その深さを示したもので、市町の津波ハザードマップもこれをもとに作られています。
この記事では、県の津波浸水想定が何を示しているかを確認したうえで、自社の所在地を調べる方法と、地図を読むときに押さえておく点を整理します。
県の 津波浸水想定が 示している もの
津波防災地域づくりに関する法律は、都道府県知事が津波浸水想定(津波があった場合に想定される浸水の区域及び水深)を設定し、公表することを定めています(第8条)。神奈川県は、この法律にもとづく津波浸水想定を平成27年3月に設定しました。
県は、東北地方太平洋沖地震の教訓を踏まえて平成24年3月に津波浸水予測図を公表していましたが、平成25年12月に内閣府の「首都直下地震モデル検討会」が相模トラフ沿いの最大クラスの地震などの新たな知見を示したことから、予測を見直しました。見直しでは、県の沿岸に最大クラスの津波をもたらすと想定される9つの地震を対象にし、沿岸で「津波高さ」または「浸水域」が最大となった5つの地震の予測図を公表しています。
| 地震 | 規模(Mw) | 発生間隔 |
|---|---|---|
| 相模トラフ沿いの海溝型地震(西側モデル) | 8.7 | 2千年から3千年あるいはそれ以上 |
| 相模トラフ沿いの海溝型地震(中央モデル) | 8.7 | 2千年から3千年あるいはそれ以上 |
| 元禄関東地震タイプ | 8.5 | 2千年から3千年 |
| 元禄関東地震タイプと国府津-松田断層帯地震の連動地震 | 8.5クラス | 評価なし |
| 慶長型地震 | 8.5 | 評価なし |
神奈川県「津波浸水想定について(解説)」(平成27年3月31日公表、平成27年6月22日一部修正)をもとに編集部作成
津波浸水想定図は、この5つの地震の予測図を、浸水域と浸水深がそれぞれ最大になるように重ね合わせた図面です。つまり、特定の一つの地震で起きる浸水を示したものではなく、「どの地震であっても、この場所ではここまで浸水し得る」という最大の範囲と深さを示しています。※1※1見直しの対象になったほかの4地震(西相模灘地震、大正関東地震タイプ、明応型地震、神奈川県西部地震)の予測図も、県の「津波浸水予測図のページ」で地震ごとに公開されています。
所在地の 浸水想定を 調べる
調べる方法は、目的に応じていくつかあります。
- e-かなマップで住所から探す。 県の津波浸水想定図は、県の地図サービス「e-かなマップ」の「津波浸水想定マップ」でも見られます。住所から検索でき、閲覧の前に「津波浸水想定マップご利用上の注意」を確認して同意する必要があります。
- 県の津波浸水想定図(PDF)で確かめる。 県のページでは、沿岸を24の図面に分けて公開しています。「図面番号位置図」で所在地を含む図面の番号を探し、該当する図面を開きます。図面1が川崎市川崎港地区、図面24が真鶴町から湯河原町で、東京湾側から相模湾側へ順に並んでいます。
- 市町の津波ハザードマップで避難先とあわせて見る。 津波ハザードマップは、県の予測図や想定図をもとに、浸水想定区域、津波避難路、緊急避難場所などを載せた地図で、市町が作成しています。県は、横浜市・川崎市・横須賀市・平塚市・鎌倉市・藤沢市・小田原市・茅ヶ崎市・逗子市・三浦市・葉山町・大磯町・二宮町・真鶴町・湯河原町の15市町の公表ページをまとめて掲載しています。横浜市は「避難対象区域図」として公開しています。
- 津波災害警戒区域に入っているかを確かめる。 次の節で説明します。
このほか、津波浸水想定のGISデータは国土交通省の国土数値情報のページから入手でき、県は商用利用・再配信が可能と案内しています。複数の拠点を地図上で重ねて確かめたいときに使えます。
津波災害警戒区域の 指定状況
法律は、都道府県知事が津波浸水想定を踏まえ、津波が発生したときに住民等の生命・身体に危害が生じるおそれがあり、警戒避難体制を特に整備すべき区域を「津波災害警戒区域」として指定できるとしています(第53条)。指定のときには、区域とあわせて「基準水位」が示されます。基準水位は、想定される浸水の深さに、建物などに津波がぶつかって水位が上がる分を加えた水位で、避難の目安などに使われます。
| 指定済みの市町 | 指定年月日 |
|---|---|
| 小田原市・真鶴町・湯河原町 | 令和元年12月24日 |
| 藤沢市・二宮町 | 令和3年3月22日 |
| 大磯町 | 令和3年8月30日 |
| 茅ヶ崎市 | 令和7年3月24日 |
神奈川県「津波災害警戒区域の指定について」(2026年9月26日に確認)をもとに編集部作成
川崎市、横浜市、横須賀市、三浦市、葉山町、逗子市、鎌倉市、平塚市は、確認した時点で未指定とされています。未指定の市町でも、津波浸水想定そのものは設定されています。指定済みの市町では、県のページで区域図と位置図を見られます。
地図を 読む ときの 前提と 注意
浸水深と 最大津波高さは、 基準が 違う
県の解説では、用語を次のように定義しています。
- 浸水深:陸上の各地点で、水面が最も高い位置にきたときの、地面から水面までの高さ
- 最大津波高さ:海岸線から沖合約30メートルの地点における津波の水位の最大値で、東京湾平均海面(T.P.)からの高さ(標高)で示したもの
気象庁が津波警報などで発表する「津波の高さ」は、津波がなかった場合の同じ時刻の潮位(平常潮位)からの高さで、最大津波高さとは基準が異なると県は注意しています。自社の事業所でどのくらい水が来るかを見るときは、最大津波高さではなく、所在地の浸水深を見ます。浸水深は、0.01メートル以上0.3メートル未満から、20メートル以上までの区分で色分けされています。
計算の 前提は 「最も 厳しい 条件」
県は、国の「津波浸水想定の設定の手引き」にもとづき、浸水域と浸水深が最大となるよう、最も厳しい条件を置いたとしています。主な条件は次のとおりです。
- 海の初期水位を、大潮のころの満潮の水位に当たる朔望平均満潮位(相模湾 T.P.プラス0.85メートル、東京湾 T.P.プラス0.9メートル)とした
- 地震による地盤の動きは、沈下だけを考え、隆起は考えなかった
- 海岸堤防などは、耐震性が十分と評価された施設でも津波が越えた時点で壊れるとし、盛土の堤防で沈下量の評価がないものは地震後に高さが75%沈下するとし、評価のない護岸などのコンクリート構造物は地震と同時に壊れるとした
- 地震発生から6時間まで計算した
地図に 表れない 浸水も ある
県の解説は、留意事項として次の点を挙げています。
- シミュレーションで再現しきれない局所的な地面の凹凸や建物の影響などにより、想定図の浸水域の外でも浸水したり、浸水深が大きくなったりする場合がある
- 最大の浸水域や浸水深は、第一波ではなく、第二波以降の津波で生じる場合がある
- 河川の中は着色していないが、津波がさかのぼることで実際には水位が変わることがある
- 地下街や地下鉄などの地下空間の浸水は示していないが、実際には津波が流れ込む場合がある
浸水域の境界のすぐ外側にある事業所は、「浸水しない」と読まずに、境界付近と考えて備えてください。地下に電気室や倉庫がある建物は、地図に色が付いていなくても浸水の経路を確かめる必要があります。
沿岸市区町の 最大津波高さと 到達時間
県の解説には、沿岸の市区町ごとの代表地点(海岸保全区域・港湾区域・漁港区域)の最大津波高さと、最大の波が届くまでの時間がまとめられています。
| 市区町 | 最大津波高さ(T.P.メートル) | 最大波到達時間(分) | 最大となる地震 |
|---|---|---|---|
| 川崎市川崎区 | 3.5 | 94 | 慶長型地震 |
| 横浜市鶴見区 | 3.9 | 128 | 相模トラフ(西側) |
| 横浜市神奈川区・西区・中区 | 3.7 | 126 | 相模トラフ(西側) |
| 横浜市磯子区 | 4.4 | 79 | 慶長型地震 |
| 横浜市金沢区 | 4.3 | 74 | 慶長型地震 |
| 横須賀市(東京湾側) | 9.2 | 56 | 慶長型地震 |
| 三浦市 | 15.4 | 11 | 相模トラフ(中央) |
| 横須賀市(相模湾側) | 13.2 | 10 | 相模トラフ(西側) |
| 葉山町 | 10.2 | 11 | 相模トラフ(西側) |
| 逗子市 | 12.8 | 11 | 相模トラフ(西側) |
| 鎌倉市 | 14.5 | 10 | 相模トラフ(西側) |
| 藤沢市 | 11.5 | 12 | 相模トラフ(西側) |
| 茅ヶ崎市 | 9.6 | 16 | 相模トラフ(中央) |
| 平塚市 | 9.6 | 6 | 元禄関東地震タイプと国府津-松田断層帯の連動 |
| 大磯町 | 17.1 | 3 | 相模トラフ(西側) |
| 二宮町 | 17.1 | 3 | 相模トラフ(西側) |
| 小田原市 | 11.9 | 3 | 相模トラフ(西側) |
| 真鶴町 | 16.5 | 3 | 相模トラフ(西側) |
| 湯河原町 | 13.3 | 6 | 相模トラフ(西側) |
神奈川県「津波浸水想定について(解説)」表1(平成27年3月31日公表、平成27年6月22日一部修正)をもとに編集部作成。最大津波高さは T.P.(東京湾平均海面)からの高さ
表3の到達時間は「最大の波」が届くまでの時間です。県は、最大津波高さは第二波以降で生じる場合があり、表の時間より前の津波で浸水が生じることがあると注記しています。相模湾側では、最大の波でも地震から数分から十数分で届く想定の地点が多く、東京湾の奥では到達までの時間が長い一方、到達が遅いことは津波が小さいことを意味しません。※2※2県は、三浦市の城ヶ島で24.9メートル、真鶴町の真鶴半島で20.6メートル、小田原市の江之浦で12.0メートル、藤沢市の江の島で11.6メートルと、代表地点より崖地などの津波高さが高い4市町の値も示しています。
なお、県の地震被害想定(令和7年3月)も、想定地震ごとに津波の水位と到達時間を示しています。たとえば大正型関東地震では、相模湾内で6〜10メートル、東京湾内で2〜4メートルの水位、到達時間は相模湾内で5〜10分、東京湾内で25〜45分と想定されています。被害想定は特定の地震が起きた場合の見積もり、津波浸水想定は最大クラスの重ね合わせで、目的が異なります。事業所の避難の計画は、最大の範囲を示す津波浸水想定をもとに考えるのが基本です。避難のルールの決め方は「津波警報・注意報が出たときの従業員の避難ルール」で、設備や在庫の配置は「沿岸の事業所・倉庫で確かめる津波への備え」で扱っています。