沿岸の事業所や倉庫の津波対策は、二つに分けて考えます。一つは人の命を守る避難、もう一つは建物・設備・在庫の被害を減らし、事業を再開しやすくする備えです。避難は何より優先しますが、その後の再開を考えると、どこまで水が来るかを知ったうえで、設備や在庫の置き場所を決めておくことにも意味があります。
この記事では、拠点ごとに確かめておく値と、その値をもとにした配置の見直し、建物の外で起きる支障、避難先の決め方を順に整理します。
拠点ごとに 確かめる 三つの 値
沿岸の拠点で最初に確かめるのは、次の三つです。
1. 浸水深。 神奈川県の津波浸水想定図で、拠点の位置の浸水深を読みます。浸水深は、陸上の各地点で水面が最も高くなったときの、地面から水面までの高さです。想定図は、最大クラスの津波をもたらす5つの地震の結果を、浸水域と浸水深が最大になるように重ね合わせた図面なので、拠点で考えられる最大の深さを示しています。
2. 基準水位(指定区域の場合)。 県が「津波災害警戒区域」を指定している市町では、区域とあわせて基準水位が示されます。津波防災地域づくりに関する法律は、基準水位を、津波浸水想定の水深に係る水位に、建築物等への衝突による津波の水位の上昇を考慮して必要な値を加えて定める水位としています(第53条)。建物にぶつかった津波は、せり上がって浸水深より高くなることがあります。指定済みなのは、小田原市・真鶴町・湯河原町・藤沢市・二宮町・大磯町・茅ヶ崎市です(2026年9月26日に県のページで確認)。
3. 到達時間。 県の解説には、沿岸の市区町ごとに、最大の波が届くまでの時間がまとめられています。相模湾側では、大磯町・二宮町・小田原市・真鶴町で3分、平塚市・湯河原町で6分など、多くの市町で十数分以内とされています。東京湾の奥では、横浜市金沢区で74分、川崎市川崎区で94分、横浜市鶴見区で128分などです。これは最大の波の到達時間で、それより前の波で浸水が始まることがあると県は注記しています。
到達時間が長い東京湾の奥の拠点でも、「時間があるから片付けてから逃げる」とは考えないでください。気象庁は、津波は長い時間くり返し来て、後から来る波の方が高くなることがあるとしています。避難を始めるのは揺れを感じたときです。
浸水深の調べ方や地図の読み方は、「相模湾・東京湾沿岸の津波浸水想定の調べ方と読み方」で詳しく説明しています。
浸水の 深さと、 設備・在庫の 配置
拠点の浸水深がわかったら、建物の中にあるものを、その深さと照らし合わせて見直します。事業の再開にかかわるものから順に確かめます。
| 確かめる対象 | 見るポイント |
|---|---|
| 受変電設備・分電盤・非常用発電機 | 設置している高さが、浸水深(指定区域では基準水位)より下にないか。燃料タンクの位置と固定 |
| サーバー・通信機器・重要な書類 | 1階や地下に置いていないか。データの控えを、浸水の想定がない別の拠点に置いているか |
| 在庫・原材料 | 再調達が難しいもの、単価が高いものを低い場所に置いていないか。流れ出したときに周りに被害を広げるものはないか |
| 危険物・可燃物・薬品 | 保管の位置と量。流出や、漂着した可燃物による火災のおそれ |
| 車両・フォークリフト | 置き場所の浸水深。避難のときに車で取りに戻らないルールがあるか |
| 地下室・ピット・地下の倉庫 | 想定図は地下空間の浸水を示していない。出入口や換気口から水が入る経路 |
浸水深・基準水位・留意事項は神奈川県の津波浸水想定・被害想定による。確かめる対象と見るポイントは編集部が作成した例
表のうち、とくに注意したいのが地下です。県の解説は、想定図は地面の高さを基準にした浸水を示しており、地下街や地下鉄などの地下空間の浸水は示していないが、実際には津波が地下に流れ込む場合があるとしています。地下に電気室や倉庫がある建物では、地図に色が付いている深さに関係なく、浸水の経路を確かめます。
浸水域の境界付近の拠点も油断できません。県は、局所的な地面の凹凸や建物の影響などにより、想定図の浸水域の外でも浸水したり、浸水深が大きくなったりする場合があるとしています。河川の中は着色していませんが、津波がさかのぼって水位が変わることもあります。川沿いの拠点は、海から離れていても確かめる対象です。
配置を見直すときは、「浸水深より高い場所に移す」ことに加えて、「移せないものは何か」を書き出しておくと、BCPで再開までの時間を見積もるときの材料になります。大型の機械や冷凍・冷蔵の設備など、上の階に移せないものは、浸水したときの修理や入れ替えの手配先を平時に確かめておきます。
建物の 外で 起きる こと
事業所の建物が無事でも、周りの港や道路が使えなければ、物流は止まります。神奈川県の地震被害想定(令和7年3月)は、留意事項などで次の点を挙げています。
- 沿岸の工場・倉庫の被災。 沿岸地域の工場や生産拠点、倉庫などが被災することで、生産能力の低下や海上輸送の支障などによる多方面への影響が発生することに留意が必要とされています。
- 津波火災。 沿岸部では、津波で可燃物や火源が流れ着いて着火し、津波火災が発生するおそれがあるとされています。津波警報が出ている間は、浸水想定区域内で起きた火災の消火活動が難しくなり、火災が広がるおそれもあると書かれています。
- 港湾の機能。 今回の想定では地盤の隆起の影響を定量的には評価していないものの、令和6年能登半島地震では港湾の隆起で港の水深が浅くなり、船舶の接岸や航行が難しくなったこと、ふ頭や荷役設備の損傷が起きたことが紹介されています。港湾が使えなくなると、機能の回復が遅れる懸念があるとされています。
- 道路の浸水。 県の想定では、津波の浸水の予測範囲を使って、道路が津波で浸水する区間も想定しています。
港湾の岸壁を使う倉庫や、海沿いの道路を配送の主なルートにしている事業所では、「拠点は無事でも、搬入・搬出ができない期間」が生じ得ることを前提に、代わりの輸送手段や、内陸の拠点との役割分担を考えておく必要があります。
避難先の 決め方
設備や在庫の備えは、人の避難が確実にできることが前提です。避難先は、市町の津波ハザードマップに載っている指定緊急避難場所や津波避難ビルから選びます。県は、沿岸15市町の津波ハザードマップの公表ページをまとめて掲載しています。
内閣府と消防庁が令和8年7月21日に出した通知は、津波は段階的に危険度が高まる災害ではないため、危険な地域から一刻も早く、高台・津波避難ビル・津波避難タワーなどの指定緊急避難場所へ立ち退き避難をすることが望ましいとしています。また、津波のおそれがある地域や海沿いで強い揺れや長い揺れを感じたときは、警報や避難指示を待たずに安全な高い場所へ移動することが最も重要だとしています。
避難先を決めるときは、次の点を拠点ごとに確かめます。
- 拠点から避難先まで、歩いて何分かかるか。到達時間が短い相模湾側の拠点では、とくに実際に歩いて測る
- 経路が、川沿いや海沿い、浸水の深い低地を通らないか
- 夜間や休日に拠点にいる人(警備、当直、夜間の作業員)も、同じ避難先へ行けるか
- 来客や協力会社の作業員に、避難先を伝える方法があるか
避難したあとは、津波警報・注意報が解除されるまで、設備の停止や在庫の搬出のために拠点へ戻らないでください。設備を止める手順は、揺れが収まった直後に安全に操作できる範囲に限り、避難を遅らせない形で決めておきます。
避難の合図や、警報の種類ごとの行動の決め方は、「津波警報・注意報が出たときの従業員の避難ルール」にまとめています。複数の拠点の津波の想定をまとめて比べたいときは、当サイトの拠点リスク確認で、拠点ごとに地震・洪水・津波などの想定を一覧にできます。