南海トラフ地震臨時情報は、南海トラフ沿いで大きな地震などの異常な現象が起き、次の大規模地震(後発地震)が起きる可能性が平常時より相対的に高まったと評価されたときに、気象庁が発表する情報です。地震の発生を予知する情報ではありません。
令和6年8月8日には、運用開始後はじめての「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」が発表されました。内閣府の検証では、初めての発表だったこともあり、各機関の対応に戸惑いが見られたとされています。
内閣府の「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン」(令和7年8月改訂。以下「ガイドライン」)は、臨時情報が出たときの対応を、事業者が前もって決めておくことを求めています。この記事では、情報の種類と期間、神奈川県で対象になる地域、初めての発表時の事例を確かめたうえで、BCPに書いておく項目を整理します。
臨時情報の 種類と、 呼びかけが 続く 期間
臨時情報には、情報名のあとに「調査中」「巨大地震警戒」「巨大地震注意」「調査終了」のいずれかのキーワードが付きます。
- 調査中:南海トラフ沿いの監視領域でマグニチュード6.8以上の地震が起きたときなどに、評価検討会で調べ始めたことを知らせます。ガイドラインでは、地震の発生後30分程度以内の発表とされています
- 巨大地震警戒:想定震源域内のプレート境界で、モーメントマグニチュード(Mw)8.0以上の地震が起きたと評価した場合です。ガイドラインは「半割れケース」と呼びます
- 巨大地震注意:監視領域内でMw7.0以上の地震が起きたと評価した場合(巨大地震警戒にあたる場合を除く)と、プレート境界で通常と異なるゆっくりすべりが起きたと評価した場合です
- 調査終了:巨大地震警戒・巨大地震注意のどちらにもあたらないと評価した場合です
巨大地震警戒と巨大地震注意は、現象の発生から最短で2時間程度で発表されます。発表後は、内閣府と気象庁が合同の記者会見で、情報の内容ととるべき対応を説明します。
大規模地震が起きる可能性について、ガイドラインは、半割れケースでは平常時の百倍程度(おおむね0.1%程度が約7%に)、Mw7.0以上の一部割れケースでは数倍程度(おおむね0.1%程度が約0.4%に)と説明しています。あわせて、過去の統計では、巨大地震警戒が出た状況でも、M8クラス以上の大規模地震が起きる可能性は1割未満だとしています。
| 項目 | 巨大地震警戒 | 巨大地震注意 |
|---|---|---|
| 発表される主な場合 | 想定震源域内のプレート境界でMw8.0以上の地震(半割れケース) | 監視領域内でMw7.0以上の地震(一部割れケース)、または通常と異なるゆっくりすべり |
| 対応の期間 | 地震の発生から1週間は巨大地震警戒対応。その後さらに1週間は巨大地震注意対応。合わせて2週間 | 地震の発生から1週間。ゆっくりすべりの場合は、すべりの変化が収まってから、変化していた期間とおおむね同じ期間 |
| 推進地域で求められること | 日頃からの地震への備えの再確認と「特別な備え」をしたうえで、社会経済活動を続ける | 同じく、日頃からの備えの再確認と「特別な備え」をしたうえで、社会経済活動を続ける |
| 事前避難 | 市町村が定めた事前避難対象地域では、対象者が1週間を基本に事前避難する | 対象外(事前避難は巨大地震警戒のときだけ) |
| 事業者に求められること | できる限り事業を続ける。明らかに生命に危険が及ぶ活動は避ける。事前避難対象地域の事業所は、避難指示に従って従業員や利用者を避難させる措置をとる | 避難場所・避難経路・避難誘導の手順を再確認し、揺れや津波警報のときに従業員や利用者がすぐに避難できる態勢をとったうえで、事業を続ける |
内閣府「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン」(令和7年8月改訂)第1章第4節、第4章第1節、第5章第1節、第12章第4節・第5節、気象庁「「南海トラフ地震に関連する情報」について」をもとに編集部作成
「特別な備え」とは、すぐに逃げられる態勢の維持、非常持出品の常時携帯、地震が起きた場合に危険性が高い場所をなるべく避けること、できるだけ安全な部屋で寝ることなどです。昼夜を問わず、津波警報などが出たらすぐに避難できるようにしておく、という趣旨です。※1※1ガイドラインの「1週間」は、対象の地震の発生から168時間が経った以降の正時まで、「2週間」は336時間が経った以降の正時までを指します。ガイドラインは、この期間は地震活動の予測にもとづくものではなく、大規模地震の可能性と避難を続けることへの社会的な受忍限度から、あらかじめ定めたものだとしています。
神奈川県で 対象に なる 市町村と、 事前避難対象地域
臨時情報が出たときに対応をとるべき地域は、「南海トラフ地震防災対策推進地域」(以下「推進地域」)です。令和7年7月の指定で、推進地域は1都2府27県723市町村になりました。
内閣府の指定市町村一覧(令和7年7月1日現在)によると、神奈川県内の推進地域は次の28市町です。
- 市(16):横浜市、横須賀市、平塚市、鎌倉市、藤沢市、小田原市、茅ヶ崎市、逗子市、三浦市、秦野市、厚木市、伊勢原市、海老名市、座間市、南足柄市、綾瀬市
- 町(12):葉山町、寒川町、大磯町、二宮町、中井町、大井町、松田町、山北町、開成町、箱根町、真鶴町、湯河原町
県の地域防災計画(地震災害対策計画 総則 p.2)にも、同じ28市町が挙げられています。推進地域の中にある病院や劇場など不特定多数の人が出入りする施設、石油などを製造・取り扱う施設、学校・社会福祉施設を管理・運営する者、一般旅客運送事業者、水道・電気・ガス・通信・放送の事業者などの「特定事業者」は、特別措置法第7条にもとづき、津波による災害を防ぐための「南海トラフ地震防災対策計画」を作ることになっています(同 p.2)。自社が当てはまるかを確かめておきます。
川崎市、相模原市、大和市、愛川町、清川村は、この一覧に載っていません。県の地域防災計画は、推進地域の外の市町村も、計画の内容を参考に必要に応じて対応するとしています。取引先や従業員の住まいが推進地域にあることもあるため、推進地域外の事業所も内容を知っておくと判断しやすくなります。
推進地域のうち、津波から避難する対策を特に強める「南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域」(以下「特別強化地域」)には、県内の13市町が指定されています。横須賀市、平塚市、鎌倉市、藤沢市、小田原市、茅ヶ崎市、逗子市、三浦市、葉山町、大磯町、二宮町、真鶴町、湯河原町です(平成26年3月28日現在の指定。令和7年7月1日の中央防災会議の答申で変更なし)。指定の基準は、陸上で30センチメートル以上の浸水が、地震の発生から30分以内に生じる地域などとされています。
巨大地震警戒のときに事前避難をする「事前避難対象地域」は、市町村が指定します。健常者を含むすべての住民が避難する「住民事前避難対象地域」と、高齢者や障がい者などの要配慮者だけが避難する「高齢者等事前避難対象地域」の2種類です。県の地域防災計画は、特別強化地域内の市町が、国の津波浸水シミュレーションやガイドラインを参考に設定するとしています。
神奈川県のホームページでは、県内で事前避難対象地域を指定しているのは藤沢市で、種類は高齢者等事前避難対象地域だとしています。藤沢市のページでは、南海トラフ地震による市の最大津波高は7メートル、津波高1メートルの最短到達時間は32分で、浸水想定区域からの避難に必要な時間を確保できるため、住民事前避難対象地域は指定していないとしています。そのうえで、寝たきりの高齢者など避難に時間がかかる人を考え、片瀬・鵠沼・辻堂の各地区の、津波浸水想定区域を含む丁目などを、高齢者等事前避難対象地域に指定しています。
県は、想定震源域の西側でM7クラスの地震が起きた場合(令和6年8月と同じ状況)は、震源が遠ければ県内では揺れを感じず、津波注意報も出ないことが想定される一方、西側でM8クラス以上の地震が起きた場合は、強い揺れはなくても大津波警報や津波警報が出ることが想定されるとしています。※2※2国の南海トラフ地震の被害想定(令和7年3月)では、日本全体で被害が最大となるケースで、神奈川県の死者数は約3,100人で、すべて津波によるものとされています(令和8年版 防災白書 図表3-2-3)。県の地震被害想定調査(令和7年3月)では、想定震源域の東側で地震が起きた場合の県内の死者を790人、うち津波による死者を780人としています。前提の条件が違うため、数値をそのまま比べることはできません。読み方は「神奈川県の地震被害想定(令和7年3月)の読み方」を参照してください。
ガイドラインが 事業者に 求めている こと
ガイドラインの事業者編は、臨時情報が出たときも、個々の状況に応じた対応をしたうえで、できる限り事業を続けることが望ましいとしています。そのうえで、明らかに生命に危険が及ぶ活動は、それを避ける措置が必要だとしています。「すべて止める」でも「何もしない」でもなく、危ない部分だけを避けて続ける、という考え方です。
巨大地震注意のときは、避難場所・避難経路・避難誘導の手順の再確認を徹底し、従業員や施設の利用者に情報を正確に早く伝えて、すぐに避難できる態勢をとったうえで事業を続けることが基本です。
巨大地震警戒のときは、次の8つの項目で対応を考えるよう示されています。
- 必要な事業を続けるための措置(出社できない従業員を見込んだ人員の再配置など)
- 日頃からの地震への備えの再確認(安否確認の手段、什器の固定、備蓄など)
- 施設や設備の点検(主要な生産設備、転倒・落下のおそれがある箇所など)
- 従業員などの安全確保(住民事前避難対象地域にある事業所は確実に実施)
- 普段以上に警戒する措置(輸送ルートを沿岸から内陸へ変える、燃料や車両の燃料を常に満タンにする、ヘルメットの携行を徹底する、すぐに作業を中断できるよう準備するなど)
- 地域への貢献(物資の提供など。個々の状況に応じて)
- 情報の伝達(情報を把握する責任者と代理者、伝達の経路と方法)
- 対応にあたる要員の確保(営業時間の内外ごとの参集など)
5の措置について、ガイドラインは、一時的に企業活動が落ちても、後発地震が起きた場合に全体として被害を減らし、早く復旧できるものであれば、実施を勧めるとしています。
業種ごとの例も示されています。
- 建設・工事:国や地方公共団体が発注する工事では、斜面での作業や高所作業など揺れの影響が大きい作業と、津波の影響を受ける作業を前もって抜き出し、臨時情報に応じて一時中止するか、必要な措置をとって続けるかを施工計画書に書くよう、受注者に求めるとしています
- 商業施設:巨大地震注意のときは、施設の全エリアへの情報の伝達、避難場所や避難経路の伝達、必要以上の買いだめや買い急ぎを控えるよう客へ呼びかけることが挙げられています
- 鉄道:巨大地震注意のときは、原則として運行の規制をしないとされています
神奈川県のホームページで事前避難対象地域として挙げられているのは、藤沢市の高齢者等事前避難対象地域だけです。住民事前避難対象地域は挙げられていません。このため県内の多くの事業所は、警戒のときも注意のときも「備えを確かめて事業を続ける」側になります。ただし、藤沢市の高齢者等事前避難対象地域に介護・福祉の施設がある場合は、ガイドラインが施設の位置を踏まえた対応を検討するよう求めています。また、事前避難対象地域や被災地に住む従業員が出社できない、取引先が止まる、といった影響も考えておく必要があります。
臨時情報が出ないまま、突然大規模地震が起きることもあります。ガイドラインは、呼びかけの期間が終わっても大規模地震の可能性がなくなったわけではない、としています。臨時情報への対応は、日頃の備えの上に重ねるものです。
令和6年8月8日の 巨大地震注意で 起きた こと
内閣府の検証資料によると、令和6年8月8日の経過は次のとおりです。16時42分に日向灘の地震が発生し、17時00分に臨時情報(調査中)が出ました。17時30分に評価検討会が開かれ、19時15分に臨時情報(巨大地震注意)が発表されて、政府の「特別な注意の呼びかけ」が始まりました。呼びかけは、発表から1週間、社会経済活動を続けたうえで、日頃からの備えの再確認と特別な注意をする、という内容でした。呼びかけの期間は8月15日に終わりました。
内閣府はこのときの対応から、ほかの地方公共団体や事業者の参考になる事例を集め、令和7年6月に事例集として公表しました。防災白書によると、紹介された事例は17です。事業者に関係するものを、要点だけ紹介します。
- 小売業:ある小売業者は、買い物が増えることを見込んで、あらかじめ決めていた計画にもとづき出荷調整と販売制限をしました。水・カップめん・パックごはんなどを店舗ごとに割り振って納品し、店頭では2リットルの水を1家族2ケースまで、500ミリリットルを1家族12本までとしました。大きな混乱なく呼びかけの終了を迎えたとしています
- 通信(高所作業):通信事業者は、携帯電話基地局での高所作業を予定していましたが、中止しました。大規模地震が起きたときに作業員の安全を確保しにくいこと、急ぎの作業ではなく後日に回せることが理由です。事例集は、巨大地震注意では基本的に作業の中止や延期は求められないが、高所という状況を考えて判断した例として載せています
- イベント:徳島市は、浸水想定区域で開かれる阿波おどりについて、中止は求めず、避難計画を実行委員会と共有し、来場者への広報や警察・消防・スタッフへの避難要領の徹底などをして開催しました。発表から開催まで3日あったため最低限の態勢が整ったが、直前の発表なら十分に対応できなかったと考えられる、と振り返っています
- 宿泊・鉄道:ホテルは通常どおり営業しながら、避難誘導の手順や備蓄を再確認しました。鉄道事業者は、参集の体制や避難誘導の手順を確かめ、工事現場の足場を強化するなどしたうえで、通常どおり運行しました
一方、検証資料では、アンケートなどで「とるべき行動が分かりにくかった」という反応があったとされています。対応は、観光施設の閉鎖や交通機関の運休から、対応をとりながら営業を続けるものまで、さまざまでした。複数の市町村にまたがって事業をする会社からは、市町村によって対応が分かれて苦慮した、という声もあったとしています。
BCPに 決めて おく こと
ガイドラインは、事業者の検討の手順として、まず南海トラフ地震を想定した自社のBCPを確かめ、次に情報が出たときの社会の状況などの前提条件を確かめ、そのうえで具体的な対応を決める、という順番を示しています。県の地域防災計画も、事業者がBCPを確かめ、未策定の場合は策定に努めることを挙げています。
臨時情報への対応は、BCPの初動対応の章に1枚で書き足すと、社内で共有しやすくなります。次の表は、決めておく項目の例です。
| 決めておくこと | 書いておく内容の例 |
|---|---|
| 拠点ごとの位置づけ | 推進地域か、特別強化地域か、事前避難対象地域か、津波の浸水想定区域か |
| 情報を把握する人 | 臨時情報を確認する責任者と代理者。夜間・休日に誰が確かめるか |
| 社内への伝え方 | 伝える経路(メール・チャットなど)と、あらかじめ用意した伝達文 |
| 巨大地震注意のときの行動 | 避難場所・避難経路・誘導手順の再確認、備蓄と安否確認手段の確認。営業は続ける |
| 巨大地震警戒のときの行動 | 注意のときの行動に加え、設備の点検、燃料の満タン化、輸送ルートの見直しなど。1週間後に注意の対応へ移る |
| 中止・延期する作業の基準 | 高所・斜面・海沿いの作業など、揺れや津波の影響が大きい作業の一覧と、急がない作業は延期するという判断の基準 |
| 来客・イベント・店舗 | 来場者への避難場所の案内、店内放送、販売制限や出荷調整をするかどうか |
| 出社できない人の見込み | 事前避難対象地域や被災地に住む従業員の把握と、代わりの人員 |
| 取引先への説明 | 自社の対応を取引先や顧客にどう伝えるか。止まった場合の代わりの調達先 |
| 終了後の見直し | 呼びかけの期間の終了後に、足りなかった備えを洗い出して改める |
内閣府「南海トラフ地震臨時情報防災対応ガイドライン」(令和7年8月改訂)第12章・第14章、同「防災対応事例集」(令和8年7月)を参考に編集部作成した例
拠点の位置づけを確かめるときは、県の津波浸水想定もあわせて見ます。調べ方は「相模湾・東京湾沿岸の津波浸水想定の調べ方と読み方」、津波警報のときの避難の決め方は「津波警報・注意報が出たときの従業員の避難ルール」で扱っています。所在地の災害リスクは拠点リスク確認でも確かめられます。
ガイドラインは、決めた対応を定期的に訓練し、臨時情報の意味、つまり可能性が高まっても必ず後発地震が起きるわけではないことを従業員に伝えることも求めています。令和6年8月の徳島市の事例も、発表から開催まで時間があったことを、対応が間に合った理由に挙げていました。発表の直後に動けるよう、表2の項目は平時のうちに決めておきます。