平成23年3月11日の東日本大震災では、首都圏の鉄道の多くが運行を止め、首都圏で約515万人(内閣府推計)の帰宅困難者が発生しました。地震が平日の日中に起きたこともあり、通勤・通学の人の帰る手段が閉ざされたためです。

駅の近くにある店舗は、このとき二つの立場に置かれます。一つは、店内にいる来店客と従業員を守る立場です。もう一つは、駅から行き場を失った人が集まってくる地域の一員としての立場です。この記事では、内閣府(防災担当)の「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」(令和8年1月)を軸に、神奈川県と横浜市の公表資料を合わせて、店舗に求められていることを整理します。揺れの最中から避難誘導までの手順は、地震のとき店舗で来店客の安全を守るにまとめています。

神奈川県で見込まれている帰宅困難者

神奈川県の地震被害想定調査(令和7年3月)は、都心南部直下地震が起きた場合、地震直後の帰宅困難者を県内で610,790人と想定しています。鉄道が徐々に復旧するにつれ、1日後に115,620人、2日後に111,910人になるとされています。これとは別に、観光客の帰宅困難者は最大で449,520人と想定されています。※1※1県の被害想定の一覧表では、帰宅困難者数を「通勤・通学者」と「観光客」の合計で示しており、都心南部直下地震(冬の18時)は1,060,310人です。

国のガイドラインは、首都直下地震などの大規模地震が起きたときには、1都4県で最大約840万人の帰宅困難者が発生し、そのうち約250万人が高齢者や障害者などの要配慮者であると推計されていることを紹介しています(首都直下地震対策検討ワーキンググループ報告書、令和7年12月)。

ガイドラインが対策の前提としているのは、平日の昼12時に大規模地震が起き、大都市圏の鉄道・地下鉄が少なくとも3日間は止まるという状況です。行政機関は発災後3日目までは救命救助や消火を中心に対応し、4日目以降に帰宅支援の体制へ移るとされています。店舗にとっては、来店客と従業員が最大で3日間、店の中や近くにとどまる可能性を考えておく、ということになります。

店舗に求められる二つの対応

ガイドラインは、大規模地震のときに「むやみに移動を開始しない」という一斉帰宅抑制の基本原則を徹底することが不可欠だとしています。公共交通機関が止まった状態で多くの人が一斉に歩いて帰り始めると、緊急車両の通行を妨げ、救命・救助や消火に支障が出るおそれがあるためです。この原則のもとで、店舗には次の二つの対応が求められます。

従業員の施設内待機

一つ目は、企業として従業員を店内にとどめることです。ガイドラインは、企業などが平時に行うこととして、施設内待機の計画を作って従業員に周知すること、備蓄を行うこと、家具類の転倒防止などで施設の安全を確保すること、安否確認の手段を確保すること、年1回以上の訓練で手順を確かめることを挙げています。

横浜市も、事業所に対して「むやみに移動を開始しない」という基本原則の徹底と、3日分の水・食料・毛布などの備蓄に努めることを求めています。

来店客の保護

二つ目は、店にいる来店客を守ることです。ガイドラインは、大規模な集客施設や駅などの事業者について、利用者保護の対応を示しています。施設の規模は明示されておらず、多くの利用者が訪れる施設は利用者の保護を行うことが望ましい、とされています。

事業者が平時に行うこととしては、利用者保護に関する事業所防災計画の策定と従業員への周知、発災直後の施設内待機や安全な場所への案内・誘導の方法、要配慮者が必要とする物資の備え、施設の安全点検のためのチェックシートの作成と訓練、利用者の保護に必要な水や毛布などの備え、年1回以上の訓練が挙げられています。発災時には、施設の安全を確かめたうえで利用者を施設内や安全な場所で保護し、施設が安全でない場合は一時滞在施設などへ誘導します。ガイドラインは、施設が自ら一時滞在施設になることが望ましいとも書いています。

備蓄の量について、ガイドラインの参考資料は次の目安を示しています。

表1一斉帰宅抑制のための備蓄の目安(従業員1人当たり)
品目3日分の目安
水1人当たり1日3リットル、計9リットル
主食1人当たり1日3食、計9食
毛布1人当たり1枚
その他の品目物資ごとに必要量を算定
来客者など外部の帰宅困難者の分例えば10%程度の量を余分に備蓄

内閣府(防災担当)「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」(令和8年1月)第1部第2章、参考資料2 をもとに編集部作成

参考資料は、対象となる従業員を、雇用の形態(正規・非正規)を問わず事業所内で勤務する全従業員としています。パートやアルバイトの多い店舗では、シフトに入る人数の多い時間帯を基準に数えます。水や食料を選ぶときは賞味期限に注意する必要があることも書かれています。

駅周辺の地域で店舗が担う役割

店の外に目を向けると、駅周辺には、帰宅困難者を受け入れる仕組みと、歩いて帰る人を支える仕組みがあります。表2は、ガイドラインが示す施設の区分です。

表2帰宅困難者等対策に関する施設の区分
区分目的設置時期の目安対象施設の例
一時滞在施設行き場のない帰宅困難者等の受け入れ原則、発災から72時間(3日間)程度まで集会場、庁舎やオフィスビル、ホテル、学校など
災害時帰宅支援ステーション徒歩帰宅者の支援(水道水、トイレ、帰宅支援情報など)発災後、協定を結んだ地方公共団体から要請を受けたときコンビニエンスストア、ファミリーレストラン、ガソリンスタンドなど

内閣府(防災担当)「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」(令和8年1月)参考資料4 をもとに編集部作成(設置時期は目安)

一時滞在施設は、地方公共団体から指定を受けるか、協定を結んだ施設が基本です。ガイドラインは、受け入れの目安を床面積約3.3平方メートル当たり2人としています。「行き場のない帰宅困難者」の例として、観光客や買い物客が挙げられている点は、店舗にとって関係の深いところです。横浜市は、民間事業者の協力を得て帰宅困難者一時滞在施設を開設しており、その数は268施設(令和8年6月18日時点)です。

災害時帰宅支援ステーションは、主に発災から72時間(3日間)以降、職場や一時滞在施設にとどまった人が歩いて帰り始めてから、おおむね帰宅するまでの間に開く施設です。神奈川県は、九都県市(東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県と5つの政令市)や四県市(神奈川県・横浜市・川崎市・相模原市)として、店舗と「災害時における帰宅困難者支援に関する協定」を結んでいます。協定を結んだ店舗では、災害時に、水道水とトイレの提供、地図などによる道路情報やラジオなどで知り得た災害情報の提供、一時的な休憩の場の提供が行われます。

ターミナル駅の周辺については、ガイドラインは、駅周辺の事業者や学校などからなる駅前滞留者対策協議会が中心となり、地域の行動ルールにもとづいて混乱を防ぐ共助の取り組みが必要だとしています。想定される参加団体には、町内会・商店街、鉄道事業者、駅周辺の大規模集客施設や企業などが挙げられており、事務局は市町村が務めることが基本とされています。店舗の所在地の駅でこうした協議会が作られているかは、市町村の防災担当に確かめられます。

平時に進めておくこと

以上を踏まえて、駅周辺の店舗が平時に進めることを順に並べます。

  1. 施設内待機と利用者保護の方針を決める。 地震のあと従業員と来店客を店内にとどめるか、どこへ案内するかを、建物と周辺の安全を確かめる手順とあわせて決めます。
  2. 備蓄の量を決める。 表1の目安をもとに、シフトの多い時間帯の従業員数と、来客の分の上乗せを計算します。
  3. 近くの一時滞在施設を確かめる。 店が安全でない場合の誘導先として、市町村が公表している一時滞在施設の場所を確認しておきます。
  4. 地域の枠組みを確かめる。 駅前滞留者対策協議会や、一時滞在施設・帰宅支援ステーションの協定について、市町村の防災担当に問い合わせます。
  5. 年1回以上の訓練で確かめる。 来店客への呼びかけ、待機場所への案内、情報提供の手順を訓練で試します。
対策済み

神奈川県は、帰宅困難者対策に積極的に取り組む企業などを公表する「帰宅困難者対策取組企業公表制度」を設けています。県内に本店・支店・営業所がある企業などが対象で、県などが作成したチェックシートに掲載された取り組み(事業所周辺の危険度の把握、備蓄、来所者への対応方法、帰宅ルールなど)を1つでも実施していれば応募でき、通年で募集されています。

従業員を店内にとどめる社内のルールの作り方は社内待機のルールで、発災後の従業員の安否の確かめ方は安否確認の手順で扱っています。