事務所や工場と違い、店舗には営業時間中、従業員よりも多くの来店客がいることがあります。来店客は店内の構造も非常口の場所も知りません。大きな揺れが起きたとき、どこに身を寄せ、いつ、どこへ移動するかは、店の従業員の声かけにかかっています。

この記事では、店舗で起こり得る被害を神奈川県の被害想定で確かめたうえで、法令ですでに求められていることを整理し、揺れの最中から避難誘導までの手順を示します。揺れが収まった後、来店客が帰れなくなった場合の対応は、帰宅困難者と店舗で扱います。

店舗の中で起こり得る被害

神奈川県が令和7年3月に公表した地震被害想定調査では、都心南部直下地震(マグニチュード7.3)が冬の18時に起きた場合、県内の死者は計1,850人と想定されています。原因別の内訳には、建物被害(1,560人)や火災(30人)と並んで、「屋内収容物」による死者200人が挙げられています。調査の項目名では「屋内収容物の転倒による死傷者」とされているもので、建物の中にある物が倒れて人が亡くなる想定です。商品を棚に高く積む店舗にとっては、見過ごせない項目です。

同じ想定では、エレベーターの停止が1,590台、閉じ込め者が1,470人とされています。複数の階がある店舗や、テナントとして入居している商業ビルでは、来店客がエレベーターに閉じ込められることも考えておく必要があります。

表1都心南部直下地震(冬の18時)の被害想定のうち、店舗の安全に関わる項目
項目県内の想定
死者数(計)1,850人
うち屋内収容物による死者200人
エレベーター停止台数1,590台
エレベーター閉じ込め者数1,470人
炎上出火件数320件

神奈川県「神奈川県地震被害想定調査 報告書概要版」(令和7年3月)の想定地震別被害想定結果の一覧をもとに編集部作成

県の調査は、ほかの地震についても同じ項目で想定を出しています。大正型関東地震(マグニチュード8.2)では、屋内収容物による死者は980人、エレベーターの閉じ込め者は7,490人とされています。店舗の所在地でどの地震の揺れが強く想定されているかは、拠点リスク確認で確かめられます。

消防法で店舗にすでに求められていること

来店客の安全確保は、防災の心がけだけの話ではありません。消防法には、店舗がすでに守っているはずの決まりがあります。

消防法第8条は、百貨店などの多数の者が出入りする防火対象物で政令で定めるものについて、管理の権原を持つ者(所有者や事業者)が防火管理者を定め、消防計画の作成、その計画にもとづく消火・通報・避難の訓練などを行わせることを求めています。消防法施行令は、物品販売業を営む店舗(別表第一の(四)項)について、出入りし勤務する人の数(収容人員)が30人以上の場合をこの対象にしています。収容人員は「出入し、勤務し、又は居住する者の数」と定義されており、従業員だけの数ではありません。※1※1収容人員の数え方は総務省令(消防法施行規則)で定められています。自店が対象になるかどうかは、所轄の消防署に確かめるのが確実です。

防火管理者が作る消防計画に定める事項として、消防法施行規則第3条は「火災、地震その他の災害が発生した場合における消火活動、通報連絡及び避難誘導に関すること」を挙げています。つまり、対象となる店舗では、地震のときの避難誘導はすでに消防計画に書かれているはずのものです。また同条は、物品販売店舗などの防火管理者に、消火訓練と避難訓練を年2回以上行い、実施の前に消防機関へ通報することを求めています。

補足

BCPの初動対応を作るときは、新しく書き起こす前に、自店の消防計画の地震の項目を開いて確かめます。誘導の担当や避難口の案内がすでに決まっていれば、BCPではそれを参照し、足りない部分だけを足します。

揺れの最中から避難誘導までの手順

気象庁は、緊急地震速報を見聞きしてから強い揺れが来るまでの時間は、数秒から数十秒しかないとしています。基本は、周囲の状況に応じて、あわてずに、まず身の安全を確保することです。人が大勢いる施設では、施設の係員の指示に従い、落ち着いて行動し、出口に走らないよう呼びかけています。来店客から見れば、その「係員」は店の従業員です。

以下は、国の資料に示された事項を、店舗での時間の流れに沿って並べたものです。

  1. 放送と声かけで、来店客に身を守る行動を伝える。 放送設備がある店舗は、店内放送で誘導する手順を決めておきます(中小企業庁の手引きが小売・サービス業の例として挙げている対策です)。放送がない店舗は、各売り場の従業員が声で伝えます。伝える内容は、棚や照明、ガラスから離れて頭を守ること、出口に走らないことです。
  2. エレベーターは最寄りの階で止めて降りる。 気象庁の心得のとおり、乗っているときに緊急地震速報を見聞きしたら、最寄りの階で停止させてすぐに降ります。
  3. 揺れが収まったら、けが人と閉じ込めを確かめる。 トイレやエレベーターに閉じ込められた人がいないかを確認する手順を検討しておくことも、中小企業庁の手引きが小売・サービス業の例として挙げています。
  4. 二次災害を防ぐ。 内閣府の事業継続ガイドラインは、初動段階で実施すべき事項として、落下防止、火災の防止(ガス栓の遮断・確認など)、危険区域の立入禁止などの安全対策を挙げています。
  5. 避難するかどうかを判断し、必要なら誘導する。 同じガイドラインは、避難が必要な場合の顧客・従業員の避難誘導と、帰宅がかえって危険な場合の待機指示を、初動の事項に含めています。建物や周辺が安全でない場合は、あらかじめ決めた避難場所へ誘導します。
  6. 店内にとどまる来店客を保護する。 内閣府の帰宅困難者等対策のガイドラインは、大規模な集客施設や駅などの事業者に、施設の安全性を確認したうえで、利用者を施設内や安全な場所で保護することを求めています。
重要度 高

揺れている最中に来店客を出口へ急がせないでください。気象庁は、人が大勢いる施設では出口に走らないよう呼びかけています。出口付近に人が集中すると、転倒や落下物によるけがにつながります。

平時に決めておく役割

手順を当日に機能させるには、誰が何をするかを先に決めておく必要があります。中小企業庁の事業継続力強化計画の手引きは、人命の安全確保の推奨項目として、顧客の避難経路と避難場所を設定し、自社社員による避難誘導の手順を検討することを挙げています。表2は、上の手順に対応する役割を整理したものです。

表2地震発生時の店舗の役割分担の例
役割担当の例平時に準備すること
放送・声かけ店長、サービスカウンターの担当放送の文案、放送設備が使えないときの拡声器などの準備
売り場の誘導各売り場の従業員担当する範囲、近くの避難口と避難場所までの経路
閉じ込め・けが人の確認決めた従業員トイレ・エレベーター・試着室など確認する場所の一覧
火気・設備の確認店長、設備の担当ガス栓や調理機器の止め方、立入禁止にする場所
本部への連絡店長または代行者連絡先、連絡がつかないときに店で判断する範囲

中小企業庁「事業継続力強化計画策定の手引き」(令和8年7月17日版)、内閣府「事業継続ガイドライン」(令和5年3月)の記載をもとに編集部作成(役割の分け方は編集部による例)

役割表を作るときは、シフトの時間帯ごとに確かめます。開店直後や閉店前、休日など、従業員が少ない時間帯に同じ役割を誰が兼ねるかを決めておかないと、表が当日に使えません。店長が不在のときに判断を代わる人と順番も決めておきます。

決めた内容は、消防法で求められている年2回以上の訓練の機会に、来店客の誘導まで含めて確かめられます。店舗の避難訓練を、BCPの初動対応を試す場として使う考え方です。発災直後に本部や店長が何をするかの全体の流れは発災後1時間の初動対応で、従業員の安否の確かめ方は安否確認の手順で扱っています。