地震の被害想定には、全壊棟数、死者数、断水人口、停電軒数など、多くの数字が並びます。どれも県全体や市町村全体の見積もりで、そのまま自社のBCPに書き写しても、社内で何を準備すればよいかにはつながりません。数字を「自社の前提」に置き換える作業が必要です。

内閣府の「事業継続ガイドライン」は、自社が優先的に対応すべき発生事象と、その被害の水準(地震であれば予想される震度など)を選ぶことが必要だとしたうえで、地方公共団体や政府が公表する被害想定やハザードマップ等を活用するとよいとしています。この記事では、神奈川県の地震被害想定調査(令和7年3月)を例に、その置き換えの手順を整理します。想定の全体像は神奈川県の地震被害想定(令和7年3月)の読み方にまとめています。

手順1 どの地震を前提にするかを決める

県の調査は、6つの想定地震(都心南部直下地震、三浦半島断層群の地震、神奈川県西部地震、東海地震、南海トラフ巨大地震、大正型関東地震)と5つの参考地震を対象にしています。県は想定地震ごとに選んだ理由を示しており、たとえば都心南部直下地震は、地震発生の可能性が高いグループに属し、横浜市・川崎市などの県東部の都市部が被災した場合の対策を検討するために選んだとされています。大正型関東地震は、1923年の大正関東地震を再現した地震で、県内全域に大きな被害が発生し、復旧や復興が長期化した場合の対策を検討するために選んだとされています。

BCPでは、すべての地震を並べるよりも、自社にとって意味のある1つか2つに絞るほうが扱いやすくなります。中小企業庁の「中小企業BCP策定運用指針」も、いくつかの代表的な災害を想定し、その規模(地震であれば震度)も同時に想定するよう求めています。どの規模が妥当かという一般的な基準はなく企業ごとに異なるため、経営者の意思確認が重要だとしています。

選び方の一つの考え方は、次の2つを組み合わせることです。

  • 起こる可能性を重く見る地震:県が「地震発生の可能性が高いグループ」とした地震のうち、自社の拠点に影響が大きいもの
  • 被害が最も大きくなる地震:県内全域に被害が及ぶ地震。広い範囲で取引先やライフラインも同時に止まる場合を考えるために使います

手順2 数字を、BCPの前提の項目に対応させる

被害想定の項目は、BCPの前提のどこに使うかを決めてから読むと、必要な数字が絞れます。表1は、県の概要版に示された2つの想定地震の数字を、BCPの前提の項目に対応させたものです。

表1被害想定の項目とBCPの前提の対応(県全体・冬の平日18時の場合)
BCPの前提被害想定の項目都心南部直下地震大正型関東地震
建物・設備が使えるか全壊棟数(全建物に占める割合)42,920棟(1.8%)303,300棟(12.6%)
水が使えない期間上水道の断水人口と復旧日数2,634,710人、復旧に33日5,183,690人、復旧に50日程度
トイレ・排水の制約下水道の機能支障人口と復旧日数527,620人、復旧に40日1,077,640人、復旧に90日程度
電気停電軒数254,890軒1,952,210軒
物流・移動道路・鉄道県東部で1か月程度通行止めの区間、鉄道の復旧に14日以上全県で1か月程度通行止めの区間、鉄道の復旧に14日以上
従業員の帰宅・出社帰宅困難者(通勤・通学者)直後610,790人、1日後115,620人、2日後111,910人直後610,790人、1日後414,880人、2日後395,350人

神奈川県「地震被害想定調査 報告書概要版」(令和7年3月)をもとに編集部作成。BCPの前提の欄は編集部による例

表1のように並べると、たとえば「大正型関東地震では、水道が50日程度、下水道が90日程度使えない前提で、事業所のトイレと衛生をどうするか」という形で、準備すべきことが具体的になります。ライフラインと交通の数字は、都心南部直下地震で県内に想定されるライフラインと交通の支障でも詳しく扱っています。

手順3 県全体の数字を、自社の条件に読み替える

表1の数字は県全体の合計です。自社の拠点がある場所の状況は、次の資料で絞り込みます。

  1. 市区町村別の結果を見る。 県の報告書には「資料1 市区町村別被害想定結果一覧」があり、市区町村ごとの結果を確かめられます
  2. 拠点の地点の震度を見る。 概要版には想定地震ごとの震度分布図があります。たとえば都心南部直下地震では、県東部から中部にかけて震度6弱以上とされ、川崎市の広い範囲や横浜市の沿岸北部などで震度6強以上、局所的に震度7の地域もあるとされています
  3. 自社の条件を重ねる。 建物の建築年と耐震性、設備の固定の状況、従業員の住所の分布を重ねて、「自社の拠点が使えるか」「何人が出社できるか」を見積もります
補足

震度の分布は、県のオープンデータカタログでも公開されています。当サイトの市町村のページでは、令和7年調査の数値をもとに市内の震度の幅を示しています(公開済みは大和市・座間市・海老名市)。

手順4 前提の条件と、数字の幅を書き添える

被害想定の数字は、ある条件のもとでの見積もりです。BCPに書き写すときは、その条件もあわせて書いておきます。

「冬の平日18時」という前提

県の概要版は、火災による被害が最大となり、防災関係機関が初動体制を取りにくい「冬・平日・18時」(風速・風向は気象観測結果にもとづく地域ごとの平均)の結果を示しています。本編では、このほか冬の平日朝5時と夏の平日昼12時についても想定しています。津波による人的被害は、避難の条件が厳しい平日深夜(午前0時)の発災を条件にしています。

事業所にとっては、18時は多くの従業員がまだ職場や帰宅途中にいる時間帯です。昼間に起きた場合の在館者数や、夜間・休日に起きた場合の参集の難しさは、自社で別に考えておく必要があります。県も、自力脱出困難者は人々が就寝している時間帯に発生した場合が最も多くなるとしています。

復旧日数は、遅れる前提で扱う

県は留意事項として、ライフライン被害の結果や復旧日数の想定には推定を多く含み、実際には状況によって変動する可能性があるとしています。大規模災害時には、復旧要員や資機材の調達が難しくなることや道路の被害などで復旧が大幅に遅れる可能性があり、強い余震が頻発すると復旧が遅れる可能性もあるとしています。

BCPで復旧日数を前提に置くときは、表1の日数を「最短の目安」として扱い、それより長くなった場合の対応も考えておくほうが実務に合います。

自社にも関わる留意事項

県は、沿岸地域の工場や生産拠点、倉庫等が被災することで、生産能力の低下や海上輸送の支障などによる多方面への影響が発生することに留意が必要だとしています。自社の拠点が被害の小さい地域にあっても、調達先や物流が止まることで業務が止まる場合があります。取引先の所在地も、同じ資料で確かめておきます。

想定を超える事態に備える考え方

内閣府のガイドラインは、精緻に被害想定を進めたとしても、想定を超える事象が発生する可能性を認識しておく必要があるとしています。そのうえで、自社に生じた事態を原因(たとえば直下型地震)で考えるのではなく、結果(たとえば自社の拠点が使用不能)で考えて対応策を検討することを推奨しています。

被害想定の数字は、準備の量を決めるための物差しです。「どの地震で、どのくらい」と読んだあとは、「本社が使えない」「水が1か月以上使えない」「従業員の半分が出社できない」といった結果の形に置き換えて、止まると困る業務と目標復旧時間の検討に進みます。書き写した前提は、資料の版とともに記録し、年1回の見直しで新しい調査が出ていないかを確かめます。