都心南部直下地震は、神奈川県の地震被害想定(令和7年3月)が対象にした6つの想定地震の一つです。規模はMw7.3で、横浜市・川崎市を中心に震度6強が想定されています。県は、この地震を想定に加えた理由として、横浜市・川崎市などの県東部の都市部が被災した場合に必要な応急対策や、県域を超えた広域応援、帰宅困難者対策などを検討するためと説明しています。

建物が無事でも、電気・水道・ガス・通信が止まり、道路や鉄道が使えなければ、事業は続けられません。この記事では、県の想定のうちライフラインと交通の支障を項目ごとに確認し、事業所として見込んでおくことを整理します。数値はいずれも県全体の値で、冬の平日18時に発災した場合の想定です。

県内に想定されるライフラインの支障

県の報告書は、上水道・下水道・都市ガス・LPガス・電力・通信の6つについて被害を想定しています。都心南部直下地震の結果をまとめると、次のとおりです。

表1都心南部直下地震で想定されるライフラインの支障(県全体)
ライフライン想定される支障復旧の見込み(県の想定)
上水道被災直後の断水人口 2,634,710人33日程度
下水道機能支障人口 527,620人40日
都市ガス供給停止 267,450件県は算出していない(東京ガスの想定として約6週間を併記)
LPガス供給支障 10,500件—
電力最大停電軒数 254,890軒—
通信(固定電話)不通回線数 298,450回線県は想定していない

神奈川県「神奈川県地震被害想定調査報告書(概要版)」「同 本編 第3章」(令和7年3月)をもとに編集部作成

表の復旧日数は、県内のすべての地域で支障が解消するまでの日数です。下水道の表には、この日数より前に解消する地域もあるとの注記があります。逆に言えば、被害の大きい地域ではこの日数に近い期間、支障が続くと見ておく必要があります。※1※1断水は横浜市・川崎市で、停電と固定電話の不通は横浜市・川崎市・相模原市などで被害が大きいと想定されています。

電気と通信は、止まる量よりも「つながりにくさ」に注意する

停電は県全体で254,890軒と想定されています。揺れによる電柱の折損は2,690本です。ただし県は、県外を含む発電所や変電所、基幹送電網などの拠点的な施設の被災は定量評価に含んでおらず、被災状況によっては被害が増え、復旧が長引く可能性があるとしています。

この点は、国の想定で補えます。内閣府の「令和8年版 防災白書」によると、国の首都直下地震の想定(令和7年12月)では、東京湾沿岸の火力発電所が1か月程度止まり、被災直後の電力の供給力はピーク需要の48%(約2,700万kW)に下がります。供給力が戻るまでは計画停電などが行われるとされ、停電軒数は東京圏で約1,600万軒(52%)です。国は、電力の不足が1か月程度続くと、電力に頼る通信・上下水道・鉄道にも影響が及ぶおそれがあるとしています。

事業所の電柱や電線が無事でも、計画停電で電気が使えない時間が続く前提で、非常用電源に何をつなぐかと、電気がないときの業務の止め方を決めておきます。

通信では、固定電話の不通回線298,450回線のうち、264,180回線が停電による不通とされています。電柱や電線が無事でも、電気が来なければ電話はつながりません。

事業所にとってより影響が大きいのは、回線が生きていてもつながりにくくなる「輻輳(ふくそう)」です。県の想定では、都心南部直下地震の場合、県内は固定電話・携帯電話ともに80〜90%の発信規制が行われ、2〜3日間続くとされています。東京都向けなど他の関東地域への発信も、80〜90%の発信規制が想定されています。携帯電話のデータ通信についても、30%程度の発信規制が行われるものの、比較的早く解除されるとされています。

注意

発災直後の2〜3日は、電話で従業員の安否を確かめたり、取引先と連絡を取ったりすることが難しくなると想定されています。電話がつながることを前提にしない連絡手段と、連絡がつかないときに各自が取る行動を、あらかじめ決めておく必要があります。

水道・下水道・ガスは、復旧まで数週間を見込む

断水は被災直後に2,634,710人で、復旧には33日程度を要すると想定されています。下水道は527,620人に機能支障が生じ、復旧には40日を要するとされています。都市ガスは267,450件で供給が止まります。県は都市ガスの復旧日数を算出していませんが、東京ガスによると都心南部直下地震で約6週間(42日間、1日あたり約1万件の復旧)を要すると想定されている旨を報告書に記載しています。

水道が止まると、飲み水だけでなく、トイレ、手洗い、清掃、設備の冷却や洗浄にも影響します。下水道の支障が長引く場合、水道が戻ってもトイレが使えない期間が残ります。製造業や食品を扱う事業所では、水が使えるかどうかが操業再開の条件になることも少なくありません。

建物の中では、エレベーターも止まります。県の想定では、都心南部直下地震でエレベーターの停止は1,590台、閉じ込めは1,470人です。中高層階に事務所がある場合、停電や点検が終わるまで、人や物の上げ下ろしを階段に頼ることになります。

道路と鉄道の支障、帰宅困難者

交通について、県の概要版は次のように想定しています。

  • 道路:県東部で1か月程度の通行止めとなる区間が生じる
  • 鉄道:県東部で被害が発生し、復旧には14日以上を要する

本編では、緊急輸送道路が緊急車両以外は通行できなくなることで、それ以外の道路に避難や物資の搬送の車両が集中し、細い道路の閉塞とあわせて渋滞が発生し、物流の停滞やライフラインの応急復旧に影響が出るとしています。概要版は、沿岸地域の工場や生産拠点、倉庫などが被災することで、生産能力の低下や海上輸送の支障などによる多方面への影響が発生するとも述べています。

鉄道が止まれば、従業員は帰れなくなり、出勤もできなくなります。都心南部直下地震では、地震直後の帰宅困難者は県内で610,790人と想定されています。鉄道は徐々に復旧し、1日後で115,620人、2日後で111,910人の帰宅困難者が想定されています。※2※2この値は通勤・通学者についてのものです。観光客の帰宅困難者は、別に最大で449,520人と想定されています。

神奈川県地震災害対策推進条例は、事業者の取組として、従業員などの一斉帰宅の抑制と、食料・飲料水などの備蓄を挙げています。県は、地震直後に駅の周辺に人が滞留すると混乱や事故が起きる危険があるとして、安全に帰れることがわかるまで「むやみに移動を開始しない」ことを基本としています。県・横浜市・川崎市・相模原市は、企業などが帰宅困難者対策を点検するための「企業等向け帰宅困難者対策チェックシート」を公開しており、通勤時間帯に発災した場合の対応例も載っています。

想定をもとに、事業所で決めておくこと

ここまでの想定を、社内の取り決めに置き換えると次のようになります。数値は県全体の推計で、自社の所在地で同じ期間になるとは限りません。所在地の市区町村の結果は、報告書の「資料1 市区町村別被害想定結果一覧」で確かめられます。

表2ライフライン・交通の想定と、事業所で決めておくことの例
想定(都心南部直下地震)事業所で決めておくことの例
県内の電話は2〜3日間、80〜90%の発信規制安否確認の手段を電話以外にも用意し、連絡がつかない場合に各自が取る行動(その場にとどまる、指定の場所に集まるなど)を決める
停電 254,890軒停電時に止まる業務と、非常用電源で続ける業務を分ける。データの保存先と、停電時の設備の止め方を確かめる
断水の復旧に33日程度、下水道の復旧に40日事業所にとどまる人数と日数を見積もり、飲料水と簡易トイレの量を決める。水を使う工程は、再開の条件に「給水の再開」を入れる
都市ガスの供給停止 267,450件ガスを使う設備・工程を洗い出し、代わりの熱源の有無を確かめる
鉄道の復旧に14日以上、県東部で1か月程度通行止めの道路区間出勤できる従業員の数を、徒歩で通える距離から見積もる。配送のルートと、再開の順番を決める
地震直後の帰宅困難者 610,790人一斉帰宅を抑え、事業所内で待機する手順を決める。待機に必要な食料・飲料水を備える

想定は神奈川県地震被害想定調査(令和7年3月)による。決めておくことは編集部が作成した例

どの項目も、自社だけで解決できるものではありません。ただ、「何日止まるか」の目安を県の想定から置いておくと、備蓄の量や、再開を判断する条件を社内で決めやすくなります。県の想定全体の読み方と注意点は「神奈川県の地震被害想定(令和7年3月)の読み方」に、事業所の中の揺れへの備えは「事務所・工場の揺れへの備え」にまとめています。決めた内容は、BCPや事業継続力強化計画の初動対応の項目に記載できます。