大きな地震で電車が止まったとき、従業員をすぐに帰宅させるか、事業所にとどめるかは、会社が判断しなければならないことの1つです。家族が心配な従業員は帰りたいと考えますが、国や神奈川県は、発災直後は「むやみに移動を開始しない」ことを基本原則にしています。

この記事では、内閣府の「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」(令和8年1月)と、神奈川県の条例・被害想定をもとに、従業員を事業所で待機させるための社内ルールと備えを整理します。BCPの基本の4段階目にあたる内容です。

一斉帰宅を抑える理由と、神奈川県の条例

内閣府のガイドラインは、平成27年3月に「大規模地震の発生に伴う帰宅困難者等対策のガイドライン」として作られ、令和6年7月の一部改定を経て、令和8年1月に現在の名称に改められました。※1※1令和8年1月の改定では、地震被害が生じない場合の帰宅困難者対策を扱うため、ガイドラインが2部構成になりました。第1部が大規模地震の発生時の対策、第2部が遠地津波や大規模なイベントの開催時など、さまざまな状況での対策の考え方です。

ガイドラインは、一斉帰宅を抑える理由を次のように説明しています。大規模な地震の後は、救命・救助、消火、緊急輸送などの応急活動を迅速に行う必要があります。公共交通機関が止まっている状況で多くの人が徒歩で一斉に帰宅を始めると、緊急車両の通行を妨げ、応急活動に支障をきたすおそれがあります。混乱を避けるとともに、帰宅しようとする人自身の安全を確保することも重要だとしています。

そのうえで、企業等には、従業員等の安全を確保するため従業員等を施設内に待機させること、そのための備蓄を進めること、家族などとの安否確認の手段を確保することを求めています。

神奈川県の地震災害対策推進条例(平成25年4月1日施行)は、この考え方を県の条例として定めています。

表1神奈川県地震災害対策推進条例の帰宅困難者対策と備蓄に関する規定
条項対象内容(要旨)
第17条第1項・第2項県一斉帰宅の抑制に関する周知、帰宅困難者を一時的に受け入れる施設の確保、地震と交通に関する情報提供など
第17条第3項県民地震災害の発生時に、自らの安全を確保したうえで、むやみに移動を開始しないよう努める
第17条第4項事業者事業所の施設等の安全と周囲の状況を確認のうえ、従業員等に施設内での待機を指示するなど、一斉帰宅の抑制に必要な措置を講ずるよう努める
第11条第3項事業者食料、飲料水等を備蓄し、消火・救助・応急手当などに必要な資機材を整備するよう努める

神奈川県「神奈川県地震災害対策推進条例」をもとに編集部作成(条文の要旨)

いずれも「努めるものとする」という努力義務の規定で、罰則はありません。ただし条例は、帰宅困難者を「長時間にわたる交通機関の運行の停止等により、容易に帰宅することが困難となった者」と定義し、事業者が取り組むべきこととして明記しています。

県内の帰宅困難者の規模

神奈川県の地震被害想定調査(令和7年3月)は、冬の18時に地震が起きた場合の帰宅困難者数(通勤・通学者と観光客の合計)を、都心南部直下地震で1,060,310人と想定しています。三浦半島断層群の地震では917,300人、神奈川県西部地震では432,190人です。

都心南部直下地震については、地震の直後の帰宅困難者を県内で610,790人とし、鉄道が徐々に復旧して1日後に115,620人、2日後に111,910人の帰宅困難者が想定されるとしています(観光客の帰宅困難者は最大で449,520人)。同じ想定では、県東部で鉄道に被害が発生し、復旧には14日以上を要するとされています。

発災の当日から翌日にかけて、県内だけで数十万人規模の人が帰宅できない状況が想定されている、ということです。自社の従業員がその中に含まれる前提で、待機の準備を考えます。

事業所で待機するための平時の準備

ガイドラインは、企業等における施設内待機について、平時・発災時・混乱収拾時以降に分けて、企業等の対応を示しています。

表2企業等における施設内待機の対応
時期企業等の対応
平時施設内待機の計画を作り、従業員等に周知する/待機のための備蓄をする/家具類の転倒防止やガラスの飛散防止など施設の安全を確保し、建物の安全点検のチェックシートを作る/従業員等への安否確認手段と、従業員等と家族との安否確認手段を確保する/帰宅時間が集中しないよう帰宅のルールを決める/年1回以上の実動訓練や図上訓練で手順を確かめる
発災時チェックシートなどで施設の安全を確かめ、周辺の火災状況などを確認したうえで、従業員等を施設内または他の安全な場所に待機させる。来所者も従業員等に準じて待機させる/建物や周辺が安全でない場合は、一時滞在施設などへ案内・誘導する
混乱収拾時以降行政や関係機関からの情報などで安全に帰宅できることを確かめ、あらかじめ決めたルールにもとづいて従業員等を帰宅させる

内閣府(防災担当)「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」(令和8年1月)第1部第2章をもとに編集部作成

表2の「待機させる」の前提は、建物が安全であることです。ガイドラインは、地震発生時の建物内の安全点検のためのチェックシートを作るよう求めており、内閣府の「大規模地震発生直後における施設管理者等による建物の緊急点検に係る指針」(平成27年2月)を参考にするとよいとしています。事業所の建物が安全でない場合に備えて、近くの一時滞在施設を確かめておきます。神奈川県の案内では、一時滞在施設は公共施設を中心に県と市町村が指定し、開設状況は各市町村のホームページで確認できるとされています。

備蓄の目安は3日分

ガイドラインに収録されている「一斉帰宅抑制における従業員等のための備蓄の考え方」は、備蓄の目安を示しています。

表3従業員等のための備蓄の目安(3日分)
品目3日分の目安例
水1人あたり1日3リットル、計9リットルペットボトル入り飲料水
主食1人あたり1日3食、計9食アルファ化米、クラッカー、乾パン、カップ麺
毛布1人あたり1枚毛布やそれに類する保温シート
その他物資ごとに必要量を算定簡易トイレ、衛生用品、敷物、携帯ラジオ、懐中電灯、乾電池、救急医療薬品類

内閣府(防災担当)「災害発生時における大規模な帰宅困難者等の発生への対策に関するガイドライン」(令和8年1月)参考資料2をもとに編集部作成

対象となる従業員は、雇用の形態(正規・非正規)を問わず、事業所内で勤務する全従業員です。ガイドラインの本文は、備蓄量の目安は3日分としつつ3日分以上の備蓄も検討すること、来客など外部の帰宅困難者のために例えば10%程度の量を余分に備蓄すること、備蓄品の保管場所の分散や従業員への配布を検討することを挙げています。

水や食料を選ぶときは賞味期限に注意が必要です。事業継続の観点から、非常用発電機、燃料、工具類、ヘルメット、自転車、地図なども企業ごとに検討することが望ましいとされています。燃料は、危険物関係の法令により消防署への許可申請などが必要になることから、保管場所と数量に配慮が必要です。

従業員自身にも、非常用食品、飲料水、運動靴、常備薬、携帯電話用の電源などを備えるよう呼びかけることが、同じ資料で挙げられています。

帰宅を始める判断の基準

待機の後、いつ従業員を帰宅させるかは、最も判断が難しい点です。ガイドラインは「一斉帰宅抑制後の帰宅行動指針」を示し、帰宅困難者は、救命・救助などの応急活動に支障をきたさないよう、原則72時間(3日間)は安全な場所に待機し、応急活動が落ち着くと考えられる発災後おおむね4日目以降を目途に順次帰宅することを想定しています。

ただし、これは一律の決まりではありません。ガイドラインは、災害の規模や被害の状況によっては3日目までに行政機関などによる帰宅支援ができる場合もあり、4日目以降でないと帰宅させてはならないというものではないとしています。反対に、4日目以降も応急活動が続いている場合もあり得ます。指針そのものも強制力を伴うものではないと明記されています。

帰宅が可能な状況として、ガイドラインは次のような状況を挙げています。

  • 発災から72時間(3日間)の、人命救助に重要な期間が過ぎた後
  • 発災直後の混乱がある程度収まり、移動しても応急活動への支障や群集事故などの二次災害をもたらさない
  • 通行できる帰宅経路がある、または鉄道が運転を再開するなど、公共交通機関を基本とする移動手段が確保されている

一斉に帰さず、分けて帰す

帰宅できる状況になっても、全員を一度に帰すと、駅や道路で新たな混乱が起きます。ガイドラインは、時間的または空間的(移動範囲や移動手段)に分散して帰宅することを「分散帰宅の基本原則」としています。

会社として、次の点をルールに書いておくと、当日の判断が短くなります。

  1. 帰宅の順番。 例えば、徒歩で帰れる距離の人、同じ方面の人でまとめる、などの基準を決めます。ガイドラインは、鉄道の運転再開直後は輸送力が下がるため、徒歩で帰れる距離の人はできるだけ徒歩で帰ることを勧めています。
  2. 帰宅前に確かめること。 帰宅手段や混雑の状況、途中で使えるトイレや休憩場所、鉄道の場合は目的の駅までの全区間が運転を再開していることなどを確かめてから出発します。
  3. 早く帰らなければならない事情への対応。 小さな子どもの迎えや家族の介護など、やむを得ない事情で早く帰る判断をした場合、ガイドラインは家庭内で対応する人を1名にするなど、移動する人を増やさない工夫を挙げています。こうした事情のある従業員を平時に把握しておくと、当日の調整がしやすくなります。
  4. 通勤の再開。 公共交通機関の復旧状況に応じた通勤の自粛やテレワークの方針もあわせて決めます。ガイドラインは、企業等に対して、優先業務や分散帰宅の方針、通勤自粛などの行動ルールを定め、テレワークの推進方針などとともにBCPに位置付けて従業員に周知するよう求めています。

徒歩で帰宅する人を支援するため、神奈川県を含む九都県市や、神奈川県・横浜市・川崎市・相模原市の四県市は、コンビニエンスストア、ファミリーレストラン、ガソリンスタンドなどの店舗と「災害時における帰宅困難者支援に関する協定」を結んでいます。協定を結んだ店舗では、災害時に、水道水とトイレ、地図などによる道路情報やラジオなどで得た災害情報、一時的な休憩の場が提供され、目印のステッカーが掲示されます(神奈川県「神奈川県の帰宅困難者対策」による)。帰宅経路の途中にある店舗を平時に確かめておくと役立ちます。※2※2四県市は、企業等が帰宅困難者対策を点検するための「企業等向け帰宅困難者対策チェックシート」を作成しています。また、神奈川県・横浜・川崎・相模原防災・危機管理対策推進協議会は、このチェックシートにより帰宅困難者対策に積極的に取り組む企業等を公表する「帰宅困難者対策取組企業公表制度」を令和2年度から実施しており、通年で募集しています。

待機の判断と帰宅のルールは、発災直後の初動手順と一続きのものです。本部の立ち上げから待機の指示までの流れは「発災直後の1時間の初動手順」、家族との連絡手段は「安否確認の方法と訓練」で扱っています。事業所の建物や周辺の揺れの想定は、拠点リスク確認で確かめられます。

家族との安否確認の手段を従業員に知らせる案内は、「従業員の家庭の備え 配布キット」で会社名を入れて印刷できます。