危険物や高圧ガスを扱う工場では、地震の揺れそのものに加えて、漏えいや火災といった二次災害を防ぐことが備えの中心になります。一方で、取り扱う物質や施設の規模によって、法令で求められる事項が異なります。この記事では、法令の条文と、消防庁・神奈川県の公表資料に書かれていることを分けて整理します。
自社の施設がどの規定の対象になるか、規程をどう書くかは、許可や届出の窓口である消防本部や県・市の担当部署で確かめてください。
法令で 定める ことになっている 地震の 事項
危険物(消防法)と高圧ガス(高圧ガス保安法)には、それぞれ事業所ごとに保安のための規程を定める仕組みがあります。どちらも、地震についての事項が含まれています。
| 区分 | 規程と対象 | 地震に関する主な事項 |
|---|---|---|
| 危険物 | 予防規程(消防法第14条の2)。政令で定める製造所・貯蔵所・取扱所の所有者等が定め、市町村長等の認可を受ける | 災害その他の非常の場合に取るべき措置。地震が発生した場合と、地震に伴う津波が発生し、または発生するおそれがある場合の施設・設備の点検、応急措置等(危険物規則第60条の2第1項第11号・第11号の2) |
| 高圧ガス | 危害予防規程(高圧ガス保安法第26条)。第一種製造者が定め、都道府県知事に届け出る | 製造施設が危険な状態となったときの措置とその訓練方法。大規模な地震に係る防災及び減災対策(一般高圧ガス保安規則第63条第2項第6号・第7号) |
| 共通 | 事故・危険な状態のとき | 危険物の流出その他の事故が起きたときは、直ちに応急の措置を講じ、発見した者は消防署等に通報する(消防法第16条の3)。高圧ガスの施設が危険な状態となったときは、直ちに応急の措置を講じ、発見した者は知事や警察官、消防吏員等に届け出る(高圧ガス保安法第36条) |
e-Gov法令検索で確認した消防法、危険物の規制に関する政令・規則、高圧ガス保安法、一般高圧ガス保安規則の条文をもとに編集部作成(確認日 2026年9月26日)
予防規程を定める対象は、危険物の規制に関する政令第37条が、第7条の3に掲げる製造所等と給油取扱所のうち総務省令で定めるもの以外、と定めています。第7条の3には、たとえば指定数量の倍数が10以上の製造所と一般取扱所、150以上の屋内貯蔵所、200以上の屋外タンク貯蔵所、100以上の屋外貯蔵所、移送取扱所が挙げられています。※1※1e-Gov法令検索の法令のページは画面をスクリプトで描くため、条文は法令APIで読みました。一般取扱所には第7条の3第6号にかっこ書きの除外があります。対象かどうかの最終的な判断は、所轄の消防本部に確かめてください。
地震防災対策強化地域に ある 事業所
大規模地震対策特別措置法の地震防災対策強化地域にある事業所では、予防規程・危害予防規程に定める事項が増えます。危険物規則第60条の2第2項は、警戒宣言などの伝達、警戒宣言が発せられた場合の避難や自衛の消防組織、施設・設備の点検などの応急対策、大規模な地震に係る防災訓練、教育と広報を加えるよう定めています。一般高圧ガス保安規則第63条第3項にも、同じ趣旨の事項があります。
神奈川県警察の交通規制計画のページは、県内の強化地域として、平塚市、小田原市、茅ヶ崎市、秦野市、厚木市、伊勢原市、海老名市、南足柄市、寒川町、大磯町、二宮町、中井町、大井町、松田町、山北町、箱根町、湯河原町、真鶴町、開成町の8市11町を挙げています。
揺れの 前後に 行う こと
総務省消防庁は、東日本大震災の被災事例や奏功事例をもとに「危険物施設の震災等対策ガイドライン」を施設の種類ごとに作成しています。製造所編によると、調査地域内の製造所2,058施設のうち、地震と津波などを合わせて80施設(3.9%)が被災し、地震による被害は68施設でした。配管の変形や配管サポートの脱落などの破損は24施設で生じましたが、危険物の流出は起きていません。ガイドラインは、実際に地震発生から津波到達までの間に製造施設が緊急停止され、火災や爆発が起きなかったことを記しています。
ガイドラインは、津波から緊急避難が必要な事業所の基本的な対応の一例として、次の順番を示しています。
- 安全確保。 緊急地震速報を覚知した時点で、従業員は自分と来訪者の安全を確保する。高所作業中は安全帯の使用を確かめる、流出や可燃性蒸気の発生のおそれがある場所から退避する、ガス系消火設備の放射区画から退避する、といった場所ごとの行動を決めておく
- 緊急停止。 設備ごとの緊急停止の手順を確かめておく。電源を失った場合を含めて、手動で止める設備の優先順位と、指示の流れ・人員の体制を決めておく。移動タンク貯蔵所からの荷卸し中であれば、荷卸しを中止する
- 安否確認。 事業所内の従業員はグループや部門ごとに確かめて災害対策本部に集める。事業所外の従業員は、通信インフラの被災を想定して複数の手段を用意しておく
- 避難と再度の安否確認。 自治体が公表している津波の浸水深や到達時間を参考に、事業所内外の避難場所と複数の避難経路を決めておく。避難の後にもう一度安否を確かめる
- 設備点検。 発災後、早急に各施設・設備の緊急点検を行う
地震や津波からの避難で人命を守ることが最優先です。ガイドラインは、そのうえで、可能な範囲で短時間かつ容易に行える二次災害の防止措置を講じるとしています。点検や停止のために、津波の到達が想定される場所へ従業員を戻さないでください。
ガイドラインは連絡体制について、事業所内の危険物施設の流出や火災は、その大小を問わず、消防署に災害の内容、講じた措置、拡大の危険の有無などを通報するとしています。表1の法令上の通報とあわせて、誰が、どの手段で通報するかを決めておきます。
日常点検の項目としては、防火塀や建物の壁・床・はり・屋根の亀裂、設備の固定状況、配管と支持構造物の変形や腐食、電気設備の固定、消火設備の作動状態などが挙げられています。配管については、支持物から外れないようにすることや、支持物の直近に水抜きバルブなどがないかを確かめることも示されています。地盤のずれでバルブが支持物に接触し、配管が破断するおそれがあるためです。
神奈川県の 指針と 資料
高圧ガスについては、神奈川県が法令に加えて自主保安の規範となる「高圧ガス保安法行政指導指針」を定めています。指針(最終改訂 2018年12月4日)は、地震について次のように定めています。
- 可燃性ガス等と毒性ガスの塔槽類(耐震設計構造物に限る)を持つ事業所は、地震以外の振動等に影響されない場所に地震計を設置すること(第4条第10号)
- その事業所では、高圧ガス施設ごとに、緊急停止装置と地震計が連動して作動すること。緊急停止装置が作動する地震計の設定値は、施設の耐震性、地盤の状況、関連事業所への影響などを考慮して定めること(第4条第11号)
- 緊急遮断装置を設けている可燃性ガス等と毒性ガスの貯槽(耐震設計構造物に限る)を持つ事業所にも、同じ趣旨の定めがある(第6条第6号・第7号)
指針の解説は、即時の停止で施設に支障が出るなど総合的な判断が必要な場合には、計器室などで常時監視し、地震の規模を判断して停止できる保安要員が確保されていることを条件に、人為的な手法や遅延機構による停止もできるとしています。
県は、高圧ガス製造施設等の耐震性を確保するための基本事項を定めた「神奈川県高圧ガス施設等耐震設計基準」(令和元年9月1日施行の改正版)も公開しています。また、高圧ガス配管は地震で損傷して漏えいすると重大な事故に進展するおそれがあり、配管の耐震基準への適合率が貯槽や塔などに比べて低いことから、事業所の自主的な点検を進めるための「高圧ガス配管の耐震性改善簡易チェック手法に関する技術資料」を作成しています。
| 資料・取り組み | 内容 |
|---|---|
| 高圧ガス保安法行政指導指針 | 地震計と緊急停止装置・緊急遮断装置の連動など、県が事業者に求める自主保安措置 |
| 高圧ガス施設等耐震設計基準 | 地震時の高圧ガスによる災害を防ぐため、施設等の耐震性を確保する基本事項 |
| 高圧ガス配管の耐震性改善簡易チェック手法に関する技術資料 | 配管の耐震性を事業所が簡易に点検するための資料。耐震設計基準の変遷の資料もあわせて公開 |
| 高圧ガス地震防災緊急措置訓練 | 昭和48年から毎年実施。2025年度(第53回)は2025年10月8日に横須賀市で行われ、参加人員は合計245人 |
神奈川県「県の基準及びマニュアル等(高圧ガス保安法関係)」「高圧ガス配管の耐震性改善簡易チェック手法に関する技術資料について」「2025年度(第53回)神奈川県高圧ガス地震防災緊急措置訓練の実施結果報告」をもとに編集部作成
申請や問い合わせの窓口は、事業所の所在地や施設の種類によって異なります。県のページには、指定都市への権限移譲(平成30年4月1日)や、コンビナート地域における高圧ガス保安法の横浜市・川崎市への権限移譲(令和7年4月1日)の案内が載っています。
施設の 使用を 再開する ときの 判断
消防庁のガイドラインは、被災後に施設を再開するまでの留意事項もまとめています。点検を行い、位置・構造・設備が従前の許可内容どおりで異常がないことを確認できた場合は、定常運転に戻してよいとされています。一方で、専門業者と連絡が取れないなどの理由で健全性を確認できない状態では、原則として使用を再開できません。浸水被害を受けた電気設備は、防水性が確保され異常がないものを除いて原則使用しないことも示されています。
点検の項目として、基礎や地盤の沈下による建物・タンクの傾き、配管の接続部からの流出、地下の埋設タンクと配管の気密試験、防油堤の目地や角の亀裂、危険物容器の転倒や落下などが挙げられています。運転を始めるときは、残工事の確認、仕切板の挿入と除去の箇所の確認、機器内のスケールの除去、バルブの誤操作の防止などを確かめます。※2※2運転を止めるときの安全措置として、自動バルブだけでなく前後の手動バルブも閉める、冷却や窒素パージで残った危険物の暴走反応を防ぐ、作業手順の省略や無理な時間短縮をしない、といった項目も挙げられています。
臨時の 取り扱いと、 事業所どうしの 協力
被災して通常どおりの貯蔵や取り扱いができないときのために、ガイドラインは、代わりに使う設備を許可の内容に含めておくことや、臨時の取り扱いの手順を予防規程とそれにもとづくマニュアルに位置づけておくことを挙げています。
指定数量以上の危険物を許可された施設以外で貯蔵し、取り扱うことは消防法第10条第1項で禁じられていますが、同項のただし書きにより、所轄消防長または消防署長の承認を受ければ、10日以内の期間に限って仮に貯蔵し、または取り扱うことができます。ガイドラインは、震災時に仮貯蔵・仮取扱いが想定される場合には、安全対策や資機材、申請の方法を消防機関と事前に協議して合意しておくことが重要だとしています。
復旧には、自社のネットワークやほかの事業所との協力も必要になります。ガイドラインは、同種の事業者間での資材の融通、事業所間や地域との協定、同業種組合などの連携を例に挙げています。製造ライン全体の再開の順番の決め方は「製造ラインが止まったときの復旧の優先順位」で整理しています。