地震や水害のBCPは、建物や設備が壊れたときにどう立て直すかが中心になります。感染症の場合は、建物も設備も使えるのに、働ける人が足りなくなります。従業員本人が発症するだけでなく、家族の看病や、学校・保育施設の臨時休業で出勤できない人も出ます。
国の事業者向けのガイドラインは、こうした状況に備えて、継続する重要業務をあらかじめ絞り込んでおくよう求めています。この記事では、国のガイドラインに沿って、業務を絞り込む手順を順に整理します。BCPの全体の流れはBCPの基本で扱っています。
感染症の BCPが 地震の BCPと 違う ところ
内閣感染症危機管理統括庁が公表している「事業者・職場における新型インフルエンザ等対策ガイドライン」(令和6年8月30日、内閣感染症危機管理監決裁)は、新型インフルエンザ等によるBCPへの影響とその特性を次のように整理しています。
| 項目 | 新型インフルエンザ等による影響とその特性 |
|---|---|
| 事業継続の方針 | 感染リスク、社会的責任、経営面を勘案し、事業継続のレベルを決める |
| 被害の対象 | 建築物などの社会インフラへの被害が想定される自然災害と比べて、主として人への健康被害が大きい |
| 地理的な影響範囲 | 国内全域、全世界的となる。代替施設での操業や取引事業者間の補完が不確実 |
| 被害の期間 | 病原体の変異や感染拡大の繰り返し、対策の長期化の可能性があり、影響の予測が難しい |
| 発生と被害の制御 | 海外で発生した場合は国内発生までの間に準備ができる。被害の規模は感染対策によって左右される |
| 事業への影響 | 感染拡大が長期にわたる可能性がある |
内閣感染症危機管理統括庁「事業者・職場における新型インフルエンザ等対策ガイドライン」表1をもとに編集部作成
内閣府の「事業継続ガイドライン」(令和5年3月)も、リスクの分類の例として、感染症のまん延などの段階的に発生するリスクを挙げています。段階的かつ長期間にわたって影響を与えるため操業レベルを維持する対策が重要になること、人的資源の維持・確保がボトルネックになる場合があること、被害の拡大を防ぐために稼働や出社の抑制が求められる場合もあることが書かれています。
つまり、感染症のBCPで中心になる問いは「何を直すか」ではなく、「限られた人数で何を続けるか」です。
欠勤の 目安を どう 置くか
事業者向けのガイドラインは、BCPを作るときの影響の規模の目安として、例えば従業員の最大40%程度の欠勤を想定することが考えられるとしています。人員計画の章でも、同じ目安で人員計画を立てることなどが考えられるとしています。
40%は目安です。ガイドラインは、実際には業態に応じた柔軟な想定を組むことが重要で、リモートワークの普及や、影響が長期化する可能性も踏まえる必要があると注記しています。自社の人員構成に当てはめて考えます。
欠勤の理由として、ガイドラインは次のようなものを挙げています。
- 従業員本人の発症、発症した家族の看病
- 学校・保育施設の臨時休業や、一部の福祉サービスの縮小による、保護者・介護者である従業員の出勤困難
- 感染の疑いがある人への外出自粛の要請
- 同じ職場で感染者が見つかった場合の、濃厚接触者の自宅待機
このため、平時に確かめておく社内の情報として、従業員の緊急連絡先、学校・保育施設に通うこどもの有無、要介護の家族の有無などが挙げられています。自社の場合、どの部署で欠勤が重なりやすいかは、この情報から見当がつきます。
また、欠勤は自社だけの問題ではありません。ガイドラインは、自社や取引先の従業員の最大40%程度が欠勤するケースを想定し、継続する重要業務を絞り込んでおくよう示しています。
業務を 継続・縮小・休止に 分ける 手順
ガイドラインは、平常時のすべての業務を続けることは難しくなる可能性があるため、重要な事業に不可欠な業務から優先順位を付けて続けることが求められるとしています。そのうえで、発生時の事業の継続レベル(継続、縮小、休止)を発生段階ごとに特定しておくことが望ましいとしています。これを社内で進める手順を、次のように整理しました。
- 業務を書き出す。 部署ごとに日々の業務を一覧にします。内閣府のガイドラインは、重要な事業に必要な業務を「重要業務」とし、どれくらいの時間で復旧させるか(目標復旧時間)とどの水準まで復旧させるか(目標復旧レベル)を決め、重要業務の間に優先順位を付けるとしています。
- 需要の変化を見込む。 ガイドラインは、一般には需要が減ると考えられる一方で、在宅需要などにより業種や品目によっては需要が増えることも考えられるとしています。業務ごとに、感染が広がったときに需要が増えるか減るかを書き込みます。
- 継続・縮小・休止に分ける。 従業員の感染リスクと経営の維持の両面から判断し、業務を3つに分けます。取引先との契約で止められない業務や、法令で期限がある業務も確かめます。ガイドラインは、業務を止めた場合に免責となるかどうかを約款や契約で確かめ、必要に応じて取引先と協議することも挙げています。
- 続ける業務に必要な人数と資格を書く。 継続する業務ごとに、最低限必要な人数と、その業務ができる人の名前を書き出します。
- 欠勤が増える前に業務量を減らす段取りを決める。 ガイドラインは、欠勤者数が増加する前に計画的に業務量を減少させることが、重要業務の継続のために重要だとしています。縮小・休止をどの時点で始めるかを決めておきます。
- 従業員と取引先に知らせる。 感染対策の内容と、継続する事業の内容とレベルを、従業員と取引先にあらかじめ伝え、理解を求めます。
| 業務の例 | 区分 | 最低限の人数の考え方 | メモ |
|---|---|---|---|
| 受注・出荷 | 継続 | 担当できる人を3人以上に増やしておく | 需要が増える品目がないか確かめる |
| 給与計算・支払 | 継続 | 担当者と代わりの人の2人 | 期限のある業務 |
| 店頭の対面接客 | 縮小 | 営業時間の短縮で人数を減らす | 感染対策の徹底が前提 |
| 新規の営業訪問 | 休止 | — | オンラインに切り替える |
| 社内研修・会議 | 休止または縮小 | — | オンライン会議を使う |
区分(継続・縮小・休止)は内閣感染症危機管理統括庁「事業者・職場における新型インフルエンザ等対策ガイドライン」による。業務の例は編集部が作成した記入例
同じ考え方を、職員の出勤率ごとに具体化した例もあります。厚生労働省の介護施設・事業所向けの感染症のガイドラインは、出勤率30%・50%・70%・90%の段階ごとに、食事や入浴などの業務をどこまで続けるかを表にしています。出勤率30%の段階では「生命を守るため必要最低限」、90%の段階では「ほぼ通常」といった形です。業種は違っても、出勤率の段階ごとに表を作る方法は、一般の事業所でも使えます。※1※1介護事業所の業務継続計画の義務と中身については、介護事業所の業務継続計画(BCP)で整理しています。
代わりの 人員と、 判断する 人を 守る 準備
業務を絞っても、その業務をできる人が1人しかいなければ、その人が休んだ時点で止まります。ガイドラインは、一部の従業員が欠勤することを想定して代替策を準備しておく必要があるとしています。準備の中身として、国の資料には次のようなものが挙げられています。
- 代わりの人を育てる。 内閣府の事業継続ガイドラインは、重要業務の継続に不可欠な要員について、代替要員の事前の育成・確保(クロストレーニング、新規雇用など)を挙げています。クロストレーニングとは、欠勤者が出た場合に重要業務を代わりに担えるよう、担当者どうしがお互いの業務を訓練しておくことです
- 判断する人を分ける。 事業者向けのガイドラインは、重要な意思決定を行う人などについて、交替勤務などを取り入れ、代わりに判断する人が同時に発症しないような体制(スプリットチーム制)を整えることが考えられるとしています。あわせて、意思決定者が発症した場合に備え、権限の委譲や代わりの意思決定の体制を決めておくよう示しています
- 接触を減らす働き方を用意する。 ガイドラインの感染対策の例には、重要業務への重点化、テレワーク、時差出勤、自家用車・自転車・徒歩などによる出勤、出張や会議の中止とオンライン会議の活用が挙げられています。テレワークについては、就業規則などの見直しと通信機器などの整備を行うよう示しています(詳しくは感染症に備える在宅勤務と社内連絡の準備)
- 取引先と話しておく。 重要業務の継続に不可欠な取引事業者を洗い出し、発生時の事業継続のレベルをあらかじめ調整しておくこと、調達が難しくなる原材料などは備蓄を増やすことが示されています
一般の事業者が事業をどの程度続けるかは、従業員や利用客などの感染対策を前提として、事業者自らの経営判断として決めるものとされています。一方で、国の政府行動計画は、事業者に対し、可能な範囲で発生時の業務継続計画を作るよう勧奨するとしています(新型インフルエンザ等対策政府行動計画)。
絞り込みの結果は、一度作れば終わりではありません。人事異動や業務の変更があると、担当できる人の一覧はすぐに古くなります。ガイドラインも、教育・訓練と点検・改善を章として設けています。年に一度、表2のような一覧を部署ごとに見直し、代わりの人がその業務を実際にできるかを短い時間でも試しておくと、表が使える状態に保たれます。